プラモデル(自動車・単車)大好き!
クルマとオートバイバカによる、プラモデルのお話♪ 作品等、ネタ集めです。
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ここ最近、暑くてジメジメと、
湿気と猛暑で模型作りに向かない気候が続きますね。

暫くの間、私が模型にハマり始めた頃~今現在の模型キットについての想い出をを書いてみたいと思います。

私が模型に手を出し始めた1977年当時は、たくさんのクルマの模型が出回っていました。

メーカーも豊富で、今覚えているだけでも、以下のメーカーがありました。


タミヤ模型、アオシマ文化教材社、フジミ模型、クラウンモデル、

イッコー(一光)模型、永大グリップ、東京マルイ・プラホビー、

バンダイ、ナガノ模型、ハセガワ製作所、グンゼ産業(現:GSIクレオス)、

セントラル、ナカムラ、イマイ(今井化学)、オオタキ(大滝)、日東科学、ミツワモデル、

アリイ(有井製作所:現・マイクロエース)、ニチモ(日本模型)、ヨーデル模型、

エルエス、童友社、ヤマダ模型、ユニオンモデル、タカラ・レベル、寺島通商、ツクダホビー・・・



皆さんはどれ位御存知ですか?

以前も書きましたが、77年当時はスーパーカーブームもあり、
当時は、自動車が大人気でした。

スケールもメジャーな1:24から、1:20、1:16、1:12、
更にはビッグスケールの1:10、1:8スケールなんてのもありました。

モーター走行、ライト点灯ギミックは持ちろん、
1:20スケールのクルマも、エンジンやサスペンション稼働、
ドア開閉などのギミックお搭載したキットが数多かったのを覚えています。

車はもっぱら走らせてナンボ、というのがぴったりでした。

で、模型を選ぶのがとても楽しみで、模型店の独特のニオイも
たまりませんでした。

キットの中身チェックをして、気にった模型を選ぶときの至福のひととき・・

親父の従兄弟が模型好き、クルマ好きで、しかもその家のすぐ近くに
模型店があったので、従兄弟の家に遊びに行った時は、よくお小遣いを持って
その模型店へ行くのが楽しみでした。

同じ価格帯のキットでも各社特徴があって、内容の濃いものを見比べたり・・

この頃キットの中は、クルマはもちろん、飛行機や戦車など、
仕切り紙や、タイヤやホイール、モーター走行用の
金具やシャフト類の入ったブリスターパックがおごられていて、かなり豪華なものでした。

RIMG0419.jpg
マルイ1:24、日産スカイライン2000GTR(KPGC-10)のキットです。

レーシングマシンも人気で、各社大型スライドマークや、スリックタイヤ等、
走行、ディスプレイ、どちらでも満足いくような内容だった記憶があります。

基本的に、各社1:24スケールのキットで、当時、平均500円~600円前後が普通で、
豪華なもので800円前後だったと思います。

当時、グンゼ産業が、1:24スケールのキットを500円で販売していましたし、
マルイもレーシングシリーズとして、500円でシリーズ展開していましたし、
ニチモも負けじと、500円で自動車キットをリリースしていました。

RIMG0081.jpgRIMG0080.jpg
マルイ1:24レーシングカーシリーズ・サバンナRX-3・プライベートタイプのキットです。

マルイ・レーシングカー・1マルイ・レーシングカー・2マルイ・ワールドカー
●マルイのレーシングカー・シリーズです。 
 BMW、ポルシェ、スターレットが600円、それ以外はすべて、500円でした。
 各画像をクリックすると、大きなパッケージイラストがご覧いただけます。

マルイのレーシングカーシリーズ、実際に存在していたマシンのデザインはほとんど皆無です(笑)

この中では、サニー・レーシング№1が、「TOMEIサニー」、
サバンナRX-3・プライベートタイプ№1が、「片山カラー」と言われるマシン、
スターレットは実際に走っていた、トムス・スターレットです。
ケンメリGTRの№1は、デモカーのカラーリングをモチーフにしていますし、
ハコスカGTRの№1は、2ドア・ハコスカGTRのカラーリングをモチーフにしています。

そんな中、バンダイや、ナガノ模型は1:20スケールをメインにしていました。

ニチモやオオタキなど、各スケールに展開していて、1:20スケールも展開しているメーカーが多いのですが、
バンダイは1:20、1:16ターゲットにして、多くの車種を展開していたのが大きな特徴で、
マニアも多かったようです。

バンダイのキットは、スタイリングは少しデフォルメされている部分がありましたが、
エンジン再現、ドア開閉など、クルマ好きには欠かせないギミックが満載でした。

バンダイ・ケンメリ・ディスプレイ箱絵bandaigc1102.jpg
バンダイ1:20、日産スカイライン2000GTX-E・Sのキットです。


これだけ数多くのキットが出回っていたら、同じ車種でも各会社の特徴でして、
作り易さもメーカーによって違いが出ていました。

組み易さや、簡単さではニチモでしたし、ボディのスタイルなら
マルイ、グンゼ産業、エルエス、ってのが私のイメージでした。

この後、時代の流れで、クルマのキットはレーシングマシンから、
国産車メインの流れに変わっていきますが、これは次の機会に・・・
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今日は、7月7日、七夕さんの日です。

年に一度、はなればなれになった、織媛と、彦星が天の川で再会して
愛を確かめ合うという、ロマンチックな日ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

実は、つい最近まで、何故二人が離ればなれにされたかと言うと、
元々働き者だった二人が出会って、恋人同士になった途端、二人が、仕事もせずに、
イチャイチャしていたのを、神様が怒って二人を引き離したのがきっかけで、
あまりにも可哀想だから、年に一度は会う事を許そう、と言うのが始まりと思っていたのですが、

実は全然違って、二人は夫婦なんですが、元々働き者だった二人が結婚して
毎日イチャイチャして、仕事もしなくなったのを、
織姫のお父さんが怒って、二人を離ればなれにして、
仕事に専念させたのが、七夕伝説だったということらしいですね。

やはり、会えないのはあまりにも酷だから、と言う事で、
年に一度、7月7日に再会する事を許したそうです。

で、この7月7日という、「7」の並ぶ日は・・・・

マツダの名車、「RX-7」の日と言うことで、
全国のRX-7乗りの人たちが、イベントなどをしているかもしれません。

まぁ、勝手に私がRX-7の日、と決めてるんですが(笑)、

せっかくなので、手元にある、タンスの肥やし的な、RX-7のキットを出してみました。

RX-7模型一覧アオシマ・痛車・フェイトFD・RX-7箱絵

もう、画像を見て御存知の方も多いでしょうけど、
痛車でも、スケールモデルでも、ダントツの車種を誇るクルマの1台でしょうね。


初めてRX-7がデビューしたのが、私が小学3年生の頃、

1978年4月の事だったと思います。

形式名:SA22C型・RX-7。

当時国産車では初めての、リトラクタブル・ヘッドライトを装着したスポーツカーでした。

ここから、マツダのRX-7の歴史が24年にわたって続くわけです。

エンジンはRE12A型。

82年に、ローターのポートをそれまで、1ローターあたり2個だったのを
3個に増やしてパワーアップした、12A・6ポート・インダクション仕様に改良、
更に、翌83年には、ターボを装着した、RE12A・ロータリーターボが登場しました。

最高出力165馬力だった、このエンジン、実はREターボが初めて搭載されたのは
意外な所、82年の話で、当時のコスモ、ルーチェが初めてでした。

このときの最高出力は160馬力、RX-7に搭載されたのはその後の話でして、
改良版が搭載されていたらしいです。

余談ですが、この当時のREターボは、5速ミッションのみ、
ルーチェ、コスモのREターボは、セダン、HTとも、
LTDと、オーディオレスのGTのみのグレード設定でした。

85年に2代目のRX-7、FCがデビューし、
エンジンはRE13B+ツインターボになり、ミッションも4速オートマが設定されるようになりました。

その後、1991年にFDとモデルチェンジを受けて、3世代のRX-7が
2002年に姿を消すまで、多くのRX-7が世に送り出されています。

基本的に、リトラクタブル・ヘッドライト、キャノピー風・ガラス・ハッチは継承されていました。

マツダのロータリー車として、唯一生き残ったFDですが、
RX-7の中では、女性に人気のあるモデルの気がします。

私の高校時代の同級生の女の子も、FDがお気に入りでした。

FC、FDは、アニメ・「イニシャルD」で、高橋 涼介、啓介の高橋兄弟が操るマシンとしても
お馴染のクルマですね。

私の中では、スカイラインのライバルとしての、存在が大きいですが、
大好きなマシンでもありました。

走り屋のマシンとしての存在が大きいですが、
意外な所、パトカーとしても存在していたのは有名です。

初期型のSA22C・RX-7は、当時、島根県警察等、一部の高速隊で
配属されていたようですし、

FC3S・RX-7は、警視庁・高速隊に、後期型のGT-Rベースと思われる
パトカーが数台、配属されていました。

FD3S・RX-7は、それまでの各地域の予算ではなく、

国の予算で投入されたパトカーで、少ないながらも、広島、千葉、茨城、
京都等、各警察の高速隊に配属されていました。

98年にマイチェンを受ける前のRX-7が、投入されていたようです。

フロント・バンパー形状がデビュー時の物で、テールライトが3連丸テールでした。


RX-7と言えば、GTRと並んですぐに誰もが思い出すクルマなのは、
それだけ、存在感が大きいんでしょうね。

皆さん、こんにちは!

先日、いつも模型を観に行く近所の量販店に、
予約していた品物を引き取りに行ってきました。

その品物は・・・

TVLルーチェ・セダン1TVLルーチェ・セダン2
TVLルーチェ・セダン4

「トミカ・リミテッド・ヴィンテージ・NEO」シリーズの、

ルーチェ・レガート・セダン・スーパーカスタムと、
ルーチェ・レガート・教習車仕様です。

左が教習車仕様、右がセダン・スーパーカスタムです。

ミニカーながら、ミニカーとは思えない素晴らしい仕上がりになっています。

画像が小さくて申し訳ないですが、マフラーも、ちゃんとレシプロ仕様です。


kasutamusp.jpg

これは実車のセダンですが、このトミカ・リミテッド・ヴィンテージNEOの
レガート・セダンは、ウィンカーレンズの形状から、HPでも説明されている通り、
78年にグレード整理された時のモデルを再現しています。

レガートがデビューした時、セダン、HTの最上級グレード、リミテッドには、
国内初の、コーナリング・ランプがボディサイドに、ウィンカーレンズユニットと
装備されていました。

しかし、リミテッド以外のグレードは、ウィンカーレンズのみしかなく、
78年にレガート名前が抜けて、3代目ルーチェになったとき、
前にも書きましたが、グレード、エンジン整理が行われ、

下記の表のように、

グレード

セダンはスーパーカスタムが最上級グレードになりましたが、
これまで、HT、セダンのLTDにのみ、装備されていた、
コーナリングランプ一体式ウィンカーユニットの関係で、
ボディはセダン、HT共、LTD用にウィンカーレンズユニット用の穴が別に加工されていたようです。

その工程の効率化の都合で、78年仕様からは、
全車このコーナリングランプ内蔵一体型ウィンカー・ユニット・ケースを装着していたようで、
LTDと、HTのSEスーパーカスタムが標準装備、それ以外はコーナリングランプの
設定がない都合で、コーナリングランプ部分は、メクラになっています。

もしかしたら、OP扱いで装着出来たのかもしれませんが、カタログには表記がありません。

レガート・LTDカスタム
●左が、LTD、右がカスタムのHT車の実車です。

ウィンカーユニットを見て頂くと、お解り頂けると思いますが、
このトミカのレガートのウィンカーユニットを観ると、
コーナリングランプ・ユニットが装着されているので、
78年仕様と推測できるわけです。

余談はおいておいて、注目はやはり、丸目2灯の、教習車仕様です。

TVLルーチェ・セダン教習車1

モデルは、実在する、埼玉県の「ところざわ・自動車学校」所有のルーチェだそうで、
現在でもイベントなどで、お披露目される事があるそうです。

ライト部分も小さいながら、見事に再現され、内装色も、
スーパーカスタムとは違って、教習車らしく、ビニール地の黒を再現しています、

この丸目仕様は、実際は教習車、タクシーなどの特装車、海外輸出仕様ですので、
観る事が出来るのは、限られた地域のみだったそうです。

私もこの仕様を見た時は、当時のっていた、自宅のルーチェと、あまりの違和感に
驚いたのを覚えています。

丁度、アーティストの、椎名林檎さんが、御自身のPVで登場させた、
これまた御自身の愛車を真っ二つにした、ベンツの縦丸目2灯式の雰囲気に似ていました。

TVLルーチェ3ブログ

以前購入した、同じシリーズの、ルーチェ・レガートの、ハードトップ・LTDと並べてみました。

いつか、順序が逆になりましたが、このハードトップ仕様でも紹介したいと思います。
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